だいじょうぶ、一人じゃない。私もです。
ここではしょっちゅうやってくる「死にたい」気持ちの波について私なりの考えを書いていきたいと思います。
というか今絶賛その波に襲われています。
この波に襲われると無気力になり、だらだらと際限なくネットの海をさまよい、一睡もできずに朝になって心の健康相談ダイヤルの番号を眺めるはめになります。
今晩はいつもとは違いこの記事を書いて満足して眠れたらいいなと思います。
希死念慮とは
コトバンクによれば、とくに理由もないが漠然と死を願う状態、だそうです。
具体的な理由はないが漠然と死を願う状態を「希死念慮」と使い分けることがある。
出典 小学館/デジタル大辞泉
症状(管理人の場合)
- 無気力状態ですべてがめんどくさい
- だらだらと惰性でネットサーフィンや漫画を読む。
- やらなければならないことができない(家事など)
- 無気力状態がつらくなり、死にたいと思う。
- だれにも会いたくなくなる。
- 恋人のメールすら返せない。
- ひどいときは無気力状態が数日つづく。
なんで死にたいの?
無気力による時間無駄にした感、そんな自分への無力感
実際よくわかりません。
こころの病気かもしれません。
素敵な恋人がいる、愛情をかけてくれる家族がいる、やさしく尊敬ができる友達がいる。
自分は正直恵まれていると思う。
なのにときおり死にたいと思う。
きっと自分への劣等感や将来への不安、仕事や職場での人間関係のストレスがそうさせるのかもしれません。
孤独な苦しみ
希死念慮の苦しみは本人しかわからない。「その気持ちわかる。」と言われても結局自分の苦しみは自分にしかわからない。
あと大抵の人にはうっとうしがられると思い、怖くて相談できない。
人前で元気になんてふるまえないし、かといって心配もかけたくないから部屋に閉じこもって波が過ぎ去るのを待つしかない。
陥りやすいタイミング
- 疲れているとき
- ストレスを感じたとき
- 自分のキャパシティを超えたとき
- 息抜きを怠ったとき
のりこえ方
- 引きこもる
- だらだらする
- 寝る
- 気分転換する
希死念慮を感じるのは普通?
私は中学でいじめを受けてからたびたび陥るようになったように思います。
社会に出て生きづらさを感じることが多くなり、余計に感じる頻度が増えたかもしれません。
悲しませるかもしれないので家族には希死念慮を感じることは言ってません。
なかなかこんなことを話せる友人はいないので、ほかの人がよく希死念慮を感じるのかそうでないのかはわかりません。
生きるのがつらいのになぜ生きるのか
ただ死ぬのが怖いからでしょう。
痛い思いなんてだれもしたくありません。
「親よりも早く死ぬなんて親不孝」私にとってはこんな言葉呪いでしかありません。
いっそ生んでくれなければよかったとも思います。
いつか希死念慮を感じなくなりますように
私の今の願いです。
希死念慮を感じるそこのあなた、だいじょうぶ。あなただけじゃありません。
なんの助けにもなりませんが、ほんの少し孤独感がましになったらうれしいです。
いつか悩みやストレスから解放されて希死念慮を感じなくなる日がくるといいですね。